2025/12/09研究

研究紹介:24時間介助を利用して生活する障害者の経験を哲学する


社会科教育コースの酒井麻依子准教授と京都大学大学院の油田優衣さんの研究


【概要】
 この研究は,24時間介助を受けながら生活する人の経験を,現象学(一人称的な感じ方や主観的経験を重視する哲学的手法)によって丁寧にたどり,介助者の関わり方が,その人の「できること」や「やりたい気持ち」にどのような影響を与えるのかを明らかにしたものです。
 たとえば,介助者が移動や抱きかかえを「大変そうに」行っていると,本人は「これは頼まないほうがいい」と感じ,本来は可能な行動でも避けてしまいます。逆に,体力のある介助者や,予定外の行動にも気軽に付き合える介助者と出会うと,これまで“無理だ”と思っていた行動がぐっと身近なものになり,「やってみたい」という欲求が初めて生まれることがあります。つまり,介助者の身体や雰囲気そのものが,本人の世界の広がりに直結しているのです。
 本研究が示したのは,「可能性(できること)」と「欲求(やりたいこと)」は別々のものではなく,周囲の関わり方によって相互に影響を及ぼし合うという構造です。効率を重視して予定どおりに進めようとする介助では,小さな寄り道や“無駄”が抑えられ,弱い欲求は表に出にくくなります。一方,柔軟で「余白」のある介助では,“なんとなくやってみたい”という小さな芽が育ち,本人の行動範囲が大きく広がります。

【今後の波及効果】
 この研究は,介助という具体的な場面から,人の欲求がどのように生まれ,どのような条件で育つのかを明らかにする中で,障害者自身が自らの経験を表現する言葉を増やすとともに,非障害者も含めた多くの人々に共通する経験の構造を考えるきっかけになります。また,当事者と研究者が協働して経験の記述と分析を進める手法も高く評価され,日本現象学会第47回大会において研究奨励賞を受賞しました。受賞の詳細は,下記リンクの記事よりご確認いただけます。
https://akebono.ei.kochi-u.ac.jp/news/news73.html

【論文情報】
〇 タイトル:介助者の「伴い方」がもたらす「できる」の変化――ある身体障害者の生の現象学
〇 著者:酒井麻依子,油田優衣
〇 掲載誌:現象学年報第41号 pp.63-81
〇 URL:https://pa-j.jp/journal/41.pdf

 

 

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